【ブルワー魂】秩父麦酒 丹 広大 Chichibu Beer
ビール王国35号より転載
連載企画 ブルワー魂
文:並河真吾 写真:津久井耀平
地元産の原料を活かした
味わい豊かなクラフトビールを造り
秩父の魅力を広く発信していきたいです
ラフトビールには無限の可能性がある
北海道函館市生まれの丹 広大さんが埼玉県秩父市にやってきたのは2014年、冬。
観測史上最大の積雪により孤立状態に陥ってしまった山間部に住む人々を助けたいと、スコップを手に交通の復旧に力を尽くしたのは、移住して早々のことだった。「何しろ雪国生まれ。雪かきが得意だったものですから」。
崖崩れなどの復旧工事を専門とする会社に勤め、現場の指揮を執っていた時代があるという。困った人を目の前にして、じっとしていられなかった。そんな雪かきが縁を生んだ。山間部に住む人々が丹さんを見込んで、「畑が余っているのだけれど、使ってくれないかとお声がけくださったのです」。
ひょんなことから始まった畑仕事に精を出す日々。しかしこの中山間地域での経験が、丹さんに気づきや発想をもたらした。「斜面にある畑での作業は過酷です。かといって農作物の値段を上げる理由にならず、生産者には厳しい状況です。何か一助になる付加価値を設けられないかと考えるようになりました」
数年後、あらゆる原料を活かすことができるクラフトビール造りに着手するきっかけになったと丹さん。「兼ねてより、クラフトビールには無限の可能性を感じていたのです」
縁が次々に生まれ、つながっていく
山の麓に気になるコンビニがあった。店の半分のスペースをワインが占めていた。専門店なら鍵をかけて保管するであろう名だたるボトルが所狭しと並んでいた。「こんなコンビニが他にあるだろうか、ご主人は無類のワイン好きに違いないと、興味を持たずにはいられませんでした」。最初に声をかけたのはコンビニの主、深田和彦さんだった。
「毎日泥だらけで山を下りてくるけど、何をしてるんだい?」「雪かきと畑仕事をしています」「深田さんも僕のことを妙な奴だと気になっていたみたいです」と丹さん。言葉を交わすようになり、気心の知れた間柄になった頃、こんなことを切り出された。働き者で実直な人柄を見込まれたのだ。「ワイナリー(後に兎田ワイナリーと命名)を立ち上げるんだけど、手伝ってくれないかい?」
秩父で取り組んでいきたいこと
農作業に加えワイン造りにも携わることになり、醸造について学ぶ機会を得た。深田さんはさらに言った。いつかはクラフトビールも手掛けてみたいのだと。随分前に廃業してしまったが、秩父には昔ブルワリーも存在し、その醸造設備を地元の酒蔵が買い取り、今も手元に残しているという。日本酒やワイン、ビールなどの酒造りによって地域を盛り上げていきたいとの思いを持つ人々がいる――。秩父の歴史や風土や特産や夢など様々なことを教えてくれる深田さんとの出会いは丹さんを大いに刺激した。
「そうして秩父で取り組んでいきたいことが固まっていったのです」。
程なくして件の醸造設備の購入を決めた。
元々好きだったクラフトビール。それを手掛けることで地元産の原料を活かせるならば、全身全霊を傾ける価値がある。深田さんのサポートも得ながら準備を整え、「秩父麦酒」を立ち上げたのは2017年のことだった。
法社会学との出会い
自分はこれからどのように生きていきたいか。人生を真剣に見つめ直したのは
30代に入った頃だった。幾つかの職場で懸命に働くも、自分の熱意ややり方が必ずしもよしとされない場面があった。効率や合理性が優先され、時にビジネスライクであることが求められる。
何のために、誰のために働くのか。何が一番大切なのか――。
いったん仕事を離れ、兼ねてから興味のあった法について学ぼうと大学の法学部に籍を置いた。そこで出会った「法社会学」に感銘を受けた。「法律に則りながらも道徳観を大切に、人が、社会が、どうあるべきかを考える学問で、そこには自然とどのように共生していくかというテーマも含まれていました」
法社会学は丹さんの土台となった。他者や自然を思いやり、人間味を持って行動し、汗を流す人生を選びたい。心からそう思った。
「秩父でなら、クラフトビール造りを通じてなら、それが可能だと信じています」
優しい味と遊び心を楽しんでほしい
へき地医療への関心が高く、役に立ちたいと考えた医者である奥様の意思を尊重し、秩父にやってきたことで、丹さんも人生をかける目標を得た。ビールをつくると決めると、全国各地の100 に及ぶブルワリーへ精力的に研修に出かけた。原料の活かし方、品質管理、設備のメンテナンス、在庫管理、流通、会社経営、業界の動向など、ありとあらゆることについて踏み込んだ質問を重ねた。
「ビールが苦手という人にアプローチしたい」「多彩なクラフトビールの素晴らしさを伝えたい」「地元の原料を活かし、地域に貢献したい」。やりたいことは決まっていた。
あとはどうやって成し遂げるか。先輩たちの教えには感謝してもしきれなかった。参考にすべきことが山のようにあった。
秩父麦酒が目指すのは、飲みやすい優しい味わいと自由な遊び心を楽しんで貰うこと。地元の山のエキスパートである髙田忠一さんからクロモジを受け取り、香りを確認する丹さん。山椒や蕗やニッキなど、髙田さんから「ビールづくりに使えないか」と提案を受けることも多いとかで採れる栗や梅、かぼす、ゆず、桑の実などを副原料として絶妙に活かしたビール造りは嬉しいことに話題を呼び、着実にファンを増やし続けている。目の回るような忙しい日々だが、「やる気に満ち溢れています」と笑顔を見せる。
一歩一歩楽しみながら
「使ってみたい原料が秩父にはたくさんあります」。取材後、山師(山のエキスパート)の髙田忠一さんに会いに行くと聞き、同行させて貰った。山で採れたクロモジとタンポポを受け取るのだという。
「丹さんとの取り組みは面白いです。仲間と一緒に収穫したものがビールに活かされることに喜びも感じています」。髙田さんがそう言いながら高級楊枝の材料として有名なクロモジを割り、断面を嗅がせてくれた。爽やかな柑橘の香りがする。「いい匂いでしょう。魅力的なビールができるに違いありません。タンポポは苦味を活かすと面白いのではないかと話しています」。地域と連携したビール造りは順調に進んでいるようだ。「とはいえ秩父の発展に貢献していくためには、まだまだ醸造量の拡大や販路の開拓が必要なことも事実です。楽しみながら一歩一歩進んでいきます」
心が奮えるようなビールをつくりたい
丹さん今、バレルエイジド(木樽に入れ熟成させる)ビール造りにハマっている。木樽から得られる深い味わいに魅了されるのはもちろん、ブルワーとしての探求心を刺激されるのだ。尊敬してやまないスイスの醸造家ジェローム氏(BFM 醸造所)にも影響を受けている。「来日される度に会って話をさせて貰うのですが、彼の突き詰め方は尋常ではありません。試飲させて貰うと愕然とします。感動的なおいしさなのですが、もはや私の知るビールの味わいではない。いつかは私も造れるようになりたいと心底思うのです」
BFM 醸造所には熟成中の300~400の樽がある。ジェローム氏から嬉しい誘いがあった。
「スイスに来るなら全部試飲させてあげよう。それを2回ほど繰り返せば、バレルエイジドビールについて丹さんなりのセオリーを導き出せるはずだ」
コロナが去ったらぜひ実現させたいと意気込んでいる。成長できる掛け替えのない時間になることは間違いない。
たくさんの人と心を通わせ、仲間になり、無尽蔵の行動力を発揮しながらビアファンや秩父を幸せにしようとする丹さんが、今後どのような活躍を見せてくれるか追い続けたい。