【ブルワー魂】田沢湖ビール 佐々木純一
TAZAWAKO BEER

ビール王国42号より転載
連載企画 ブルワー魂
文:並河真吾 写真:津久井耀平

田沢湖ビールならではの
酵母を活かした味わいづくりで、
ひとりでも多くの人を笑顔にしたいです


伝統的な骨太のジャーマンスタイルのビール造りを追求する傍ら、「東北魂ビールプロジェクト(東北のブルワリーが結集して技術研鑽し、互いを高め合うためのプロジェクト)」にも2011年の立ち上げ当初から参加し、毎年様々なビアスタイルにも挑戦し、刺激を受け、ブルワーとしての技術を磨き続けている佐々木さん

ビールの多様性に魅せられて

 幼い頃から、酒を愛し、晩酌を楽しむ家族の姿を見て育った。
 自然に、「酒とはこれほど人を笑顔にする
ものなのか」と興味を持つようになった。
 そしていつしか、「もしも自分が酒を造ったら、きっと家族が喜ぶに違いない」と考えるようになった。
「田沢湖ビール」の工場長、佐々木純一さんが酒造りの道を選んだきっかけだ。
 生物工学科のある高校を選び、酵母や発酵について学ぶと、次は醸造科のある新潟の専門学校に進学し、酒への知識を深めた。
「日本酒造りが盛んな秋田県で生まれ育ったものですから、当時は当然のように地元の蔵元に就職するつもりでいました。クラフトビールに出合わなければ、実際にそうしていたと思います」
 ビールを学ぶ授業で訪ねたのが日本を代表するブルワリーのひとつ、新潟の「瓢湖屋敷の杜(スワンレイクビール)」だった。
「スワンレイクビールの繊細さ、味わい深さといったら、衝撃的でした。本当においしかったです――」
 研修でビールの多様性を知り、強く惹かれた。造り手の発想と技術によって様々な味わいを生み出せることを面白さそうだと思った。
 専門学校を卒業して地元に戻ると、タイミングよく、「田沢湖ビール」がスタッフを募集していた。佐々木さんは導かれるように、ブルワーの道を歩み始めた。2007年のことだった。

3リットル飲めるビール造りを

「うまいか、まずいかは、とりあえず3リットル飲んでから決めてくれ」
 これは佐々木さんの師匠であり、先代工場長の小松勝久さんがドイツ研修時にビアパブで言われた言葉だそう。
「おいしいビールは、絶対に飲めなさそうな量でもおいしく飲める。いつの間にか飲んでしまっている。もし飲めないとしたら、そのビールは本当においしいとは言えない(私たちが提供しているのは本当においしいビールだ)。そういう意味だと理解した小松は、『3リットル飲めるビール造り』を田沢湖ビールの目標に据えました。もちろん私もその目標に向かって、日々、味わいや品質の向上に努めています」
 佐々木さんがそう言いながら、フラッグシップの「アルト」をグラスに注いでくれた。ドイツで開催される権威ある世界的ビールコンテスト「ヨーロピアンビアスタ―」において、4度も金賞に輝いているビアファン垂涎の一杯だ。
 赤い液色が美しい。酵母由来の優しいフルーティーな香りに惹きつけられる。麦の甘味とコクを、控えめに効かせた苦味が引き立てている。味わい深さをもたらしているのは焙煎モルト由来のほのかな香ばしさだ。
 雑味がなく、ひと口ひと口にうっとりする。気が付けば、グラスが空になっていた。
「ジャーマンスタイルのビール造りをメインにしている私たちにとって、本場ドイツで高く評価して貰えたことは、物凄く自信になっています。とはいえいただいた賞に胡坐をかくことなく、さらにブラッシュアップしていきたいと思っています」

日本国内では恐らく「田沢湖ビール」でしか使われていないドイツ生まれの「アルト酵母」を使用し、日本一のブナの巨木が育つ「奥羽山脈・和賀山塊」の伏流水(超軟水)で仕込んでいるフラッグシップの「アルト」。酵母由来の香りが素敵な、本場ドイツのアルトよりもややモルティな独自の味わいに仕上げている
「田沢湖ビール」の創業は1997年。料飲施設や温泉、宿泊施設、地域密着ミュージカルを上演する劇場を備える「あきた芸術村」の中にて、日々ビール造りを行っている
年間最大250 ~ 300㎘の醸造が可能だという醸造設備。3リットル飲めるビール造りを実現し、フル稼働を目指す

徹頭徹尾、ブレないブルワー

 粉砕前のモルトを目の前に広げ、心を静かにして、目を凝らす。
 佐々木さんの仕込み前日の流儀だ。
 品質に問題がないかを確認するためだが、それだけが目的ではない。
 厳しくあろうとモードを切り替えるのだ。
「原料の劣化などは滅多にあることではありません。可能性はゼロに近い。私にとって大切なのは、いついかなる時も確認を決して怠らない姿勢です。恐らく大丈夫だからと手を抜くような気の緩みをブルワリー内に持ち込みたくないのです。そのために仕込み前日に自分にスイッチを入れます」
 座右の銘は、徹頭徹尾。
 ビールをおいしくするためにできることは、全て全力で行いたいと佐々木さん。
 使用するモルトやホップや酵母の種類をはじめ、基本的にレシピを変更せずに固定しているのも、役立つ知見やデータを積み上げたいからだ。
「軸を設けずにあれもこれもといろいろ試してみても、味わいの変化がどこで生まれたのか把握できません。長い時間を掛けて同じ条件で定点観測を行い、レシピに落とし込みようのない部分(きめ細かな温度管理や時間調整など)の微調整を繰り返してこそ、原料の特性や醸造設備のクセが適格につかめ、意図する味わいづくりに近づけます」
 天候や季節、気温によってどのような影響が生まれるのかも経験的に熟知している。
「暖かい地域のブルワリーさんとは少々勝手が違います。雪国ですので寒い時期は酵母がなかなか活発に働いてくれません。タンクを毛布で巻いたり、お湯を掛けたり、ストーブを当てたりして発酵を促すこともあります。いわゆる教本通りにはいきません。だからこそ面白いのです」
 ブルワーになって18年目になるがまるで飽きることがなく、ますますビール造りに夢中になっていくと微笑む。

ビール純粋令(「ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という1516 年にドイツで定められた法律)に則ったビール造りを続けている。「モルトはドイツのワイヤーマン社製を、ホップはチェコ産の『ザーツザーツ』を使用しています。酵母の香りを活かしたビール造りに最適です」
麦汁の発酵が順調か糖度を計測している佐々木さん。作業一つひとつを高い精度で行う

酵母を活かして田沢湖ビールらしさを

 学生時代に発酵に感じた神秘性への興味は今も変わっていない。
 元々生物が好きなので、酵母が可愛くて仕方がない。
 肉眼では見えないミクロな存在がもたらしてくれる繊細な香りに、自分は一番魅力を感じる――。
 だから佐々木さんは今後、より酵母を活かした味わいづくりで、田沢湖ビールらしさを表現していきたいと考えている。
「随分前になりますが、ドイツに研修に行った際に訪ねたブルワリーで、強く印象に残ったことがあります。それは彼らが、ビアスタイルごとに設けられている基準値(色度や苦味価やアルコール度数など)にとらわれることなく、あくまでも自分たちが造りたいビールを自由に追求していたこと。それはそれでとても魅力的なアプローチで、今私が取り組んでみたいことのひとつでもあります。磨きを掛けてきた『アルト』の味わいにも、近い将来変化を感じていただけるかも知れません。期待して貰えると嬉しいです」

定番銘柄は6 種、左から爽快な中に、麦の風味を楽しめる「ピルスナー」、ほのかに果実の香りがする優しい味わい「ケルシュ」、深いコクに魅せられる「アルト」、フルーティーで飲みやすい「ヴァイツェン」、森林浴のような爽やかな飲み口「ブナの森」、華やかで上品な香り「桜こまち」。いずれも、ホップの香りを控えめにし、酵母の香りが引き立つように仕上げられている

クラフトビール文化を地元に

 国内外で高い評価を受け、都市圏のクラフトビール専門店を中心に、飲んで貰える機会が増え続けている「田沢湖ビール」だが、実は秋田県内では、まだ飲んだことがない人や知らない人が少なくないと佐々木さん。
「日本酒文化が根付いているのが大きな要因だと思っています。ただ、身近な人たちの笑顔を見たくて始めたビール造り。仕方がないと諦めたくありません。地場の農作物の使用や地元企業とのコラボなどにも力を入れ、地元で造られているビールとして愛していただけるよう頑張りたいです」
 桜天然酵母(秋田美桜酵母)で仕込んだ香り高い「桜こまち」や、秋田県内のブナの木から採取した天然酵母で仕込んだ優しい風味の「ブナの森」の他にも、秋田県ならではのビールを積極的に開発し、リリースしていく予定だ。
 秋田県でも「田沢湖ビール」を3リットル飲みたいというファンが増えていくことを楽しみにしている。

国内外の権威あるビールコンテストで華々しい成績を収め続けている。盾や賞状やメダルがずらり