【ブルワー魂】ワイマーケットブルーイング 加地真人
Y.MARKET BREWING

ビール王国12号」より一部抜粋して転載

文:並河真吾 写真:柴田博司

「この一杯さえあれば満足。他にはもう、何もいらない」そんな言葉が聞けるビールを造りたいのです

クラフトビールは楽しくないと

「ワイマーケットブルーイング」には定番銘柄がない。手掛けるビールは常に新作であり、非常にバラエティー豊かだ。創業からおよそ3年半で、その数は100を超えた。醸造責任者である加地真人さんには、ずっと変わらぬ思いがある。

「クラフトビールは、おいしくて、楽しくて、エキサイティングでないと」

 たとえばIPAが今ほど世の中に出回っていなかった創業当初。ホップを「これでもか」というほど大量に使用し手掛けた「ヒステリックIPA」は、ビールファンを驚愕させた。戸惑いの声が上がる。「これはやり過ぎだよ!」「こんなのってあり?」

 しかし、強い苦みをギリギリの線でコントロールし、全体のバランスを絶妙に保った完成度の高い仕上がりは、やがてそれらの声を賞賛へと変えた。「でも、おいしいよね」「ありだよね。クセになる」と。

 飲み手がこれまで知らなかった新しい世界を拓くこと。これほどブルワー冥利に尽きる喜びがあるだろうか。時には、人ひとりの人生に大きな影響を与えることもある。それは、加地さん自身が身を持って体験したことでもあった。

はじまりは、モントリオールから

 2000年代初頭――。

 加地さんはカナダのモントリオールにいた。20歳代半ばのことだ。渡加するにあたり、それまで勤めていた和菓子店を辞めている。

「モノづくりに携わることは楽しかったけれど、どうしても一生の仕事にしたいと思えなかったのです。何となく就いてしまった仕事だったからかも知れません。悶々としていました。この先どうしていくべきかと」

 このまま日々を過ごしていても、何も変わることはない。思い切って環境を変えようと考えた。語学に興味を持っていたこともあり、しばらく海外に身を置くことに決めた。

「モントリオールを選んだ理由はふたつです。日本人が少なく英語を身に付けるのに適していたこと、そして中学生の時から行ってみたかったF1のサーキットがあったこと(笑)」

 海を渡り英語を学ぶ生活を始めてから数ヵ月が経った頃、料理店での職を得ることができた。

「それで少し飲みに行ける経済的な余裕が生まれたのです。早速現地でできた友人におすすめの店に連れて行って貰いました」

 訪れたのはブルーパブだった。そこで加地さんは、生まれて初めてクラフトビールと出合うことになる。

最初の印象は、「何だコレは」

「IPAを初めて飲んだときの驚きといったらなかったです。ぬるいし、炭酸を感じないし、驚くほど苦いし。何しろ爽やかな喉越しとキレのあるビールしか知りませんでしたから。最初は知らない世界に対しての拒否反応だけでした。けれどそれが治まると、『旨かったなぁ、また飲みたいなぁ』という気持ちがじわじわと湧いてきて、遂には抑えられなくなってしまった」

 加地さんはそれを機にビアパブ通いを始め、IPAはもちろん、様々なビアスタイルをオーダーしては多彩な味わいに触れ、その度に感動に包まれた。「クラフトビールとはこんなにも楽しく、興奮させられるものなのかと、完全にハマってしまいました」

ビール造りを一生の仕事に

 いつしかホームブルーイングにも夢中になっていた。道具を揃え、材料を買い込み、休日は仕込みに費やした。ビールができあがるとカナダ人の友人たちを招く。多い時には10人ほどが雪をかきわけ自宅にやってきてくれた。「次のビールに取り掛かりたいからどんどん飲んで瓶を空けてくれよ」と加地さん。「そんなにたくさん飲めないよ」と友人たち。そんな会話が月に何度も交わされた。

「一度の仕込みでできるのが60〜70本。正直凄くおいしいと言える代物ではなかったから、随分と無理なことを言っていたなと思います(笑)。でも、ビールを造り、飲んで貰うことが楽しくて仕方がなかったのです」

 そのような日々を送るなかで、加地さんは「ビール造りを一生の仕事にしたい」と強く思うようになっていた。目標が定まったからにはいつまでもモントリオールに居る理由はなかった。間もなく帰国すると、ブルワーへの道を真っすぐに歩み始めた。最初に就職したのは「木曽路ビール」。彼はここで本格的なビール造りを学び、ワイマーケットブルーイングに移るまでの約10年間を過ごした。

恐いほどストイックなブルワー

 2017年6月――。

 名古屋駅からほど近い柳橋中央市場内にあるワイマーケットブルーイングを訪ねると、黙々と発酵タンクの洗浄に取り組む加地さんの姿があった。ストップウオッチで正確に時間を計りながらアルカリ洗浄、酸洗浄、殺菌などのプロセスを踏んでいる。何をするにしろ「人任せにできない性分」と笑う。

 ブルワーは全ての作業において、それが何のために必要なものなのかを深く理解し、細部まで神経を注がねばならない。何の根拠もない感覚や思いつきが入り込む余地などない。「僕はそれをモントリオールでのホームブルーイングで痛感しました。何の知識もないまま勘だけに頼って、おいしいビールを造れるはずがなかったのです。でも貴重な経験でした。その後どのような姿勢でビール造りに取り組むべきかを学ぶことができました」。再びストップウオッチが鳴り、加地さんが次の作業に移っていく。その姿を見ながら、共に働くブルワー・中西正和さんが教えてくれる。「彼はビール造りのことになると、怖いくらいストイックで勤勉で貪欲です。ビール造りを離れると? それはもうゆるくて楽しい男ですよ」

研究する人が少ないからこそ価値がある

 ワイマーケットブルーイングは、ともするとホッピーなスタイルのビールばかりが注目されがちだ。ドイツ産ソフィア、ニュージーランド産モトエカ、イギリス産ファグル、 アメリカ産シトラ、シムコー、モザイクなどあらゆる品種を用い、また、ドライホッピングにも独自のノウハウを駆使して、飲む人にインパクトを与える数多くの魅力的な銘柄を生み出しているからだ。

 しかしそれはそれとして、加地さんが長年研究を重ねているものがある。「酵母」だ。

表現力の幅を広げ、飲む人を虜にしたい

 顕微鏡でこれから使用する酵母の状態を確認していた手を止めると「覗いてみますか」とすすめてくれた。

「これまで40品種近くを試してきました。品種によってはもちろん、発酵温度や投入するタイミング、モルトやホップとの相性、その日の気温や湿度によっても働きが違ってきます。実に奥が深い」

 酵母はビールの味わいに何とも言えぬニュアンスをもたらしてくれる。研究を続けエキスパートになることで、表現力の幅を今よりもっと広げていきたいのだという。

「一口飲んだら最後、ずっと何杯でも飲み続けたくなる。いろいろ他にも飲んでみたいという気持ちがなくなってしまう。そんな魅力を持ったビールを造るのが目標です」

 試みてみたいアイデアがたくさんあり、毎作全身全霊を掛ける。次はどんなビールを楽しませてくれるのか。知らなかった世界を拓かれる人が今後ますます増えるに違いない。

DREAMBEERで飲めるY.MARKET BREWINGのビールはこちら

https://dreambeer.jp/ec/beer/detail/214