【ブルワー魂】鎌倉ビール 澤田直人
Kamakura Beer
ビール王国36号より転載
連載企画 ブルワー魂
文:並河真吾 写真:津久井耀平
伝統を尊重しながら探求を続け
飲む人を心から感動させられる
想いのこもったビールを造りたい
あの日、扉を開いていなかったら
ひとり、千葉県柏市のビアバー『クラスター』の扉を開けたのは、10年ほど前のこと。
ビールに興味を持ち始めたばかりの時期で、知識はほとんどなく、とても緊張したという。
恐る恐る店内に入り着席したものの、ラインナップの多さに何を注文してよいか分からなかった。意を決して、口を開く。
「エールビールをください」
当時、「ビアバーに行く時はエールという言葉さえ知っておけば大丈夫」との記事をとある媒体で見たことがあり、鵜呑みにしたのだ。エールはエールでも様々なビアスタイルがあり銘柄がある。
すぐに返事があった。
「うちのはほとんどエールビールですよ」
「鎌倉ビール」の醸造責任者 澤田直人さんが、その後長い付き合いになる店主の秋谷英二郎さんと、今でも振り返る笑い話だ。
「あの日、思い切って扉を開けていなかったら、今の自分はありません」
最初にすすめて貰ったのはドイツビール「シュレンケルラ ラオホ メルツェン」だった。スモーキーな香りに衝撃を受けた。強い苦味とボディを感じるが思いのほかすっきり飲める。次はベルギービール「アウトベールセル ストレートランビック」。酸っぱい! が最初の印象。飲んでいると複雑な香りに魅せられていく。次は……。
気が付けば秋谷さんによって、ビールに対する既成概念を全て拭い去られていた。
「好き」という思いが「造りたい」に
モルト、ホップ、酵母の組み合わせだけで、様々な味わいを生みだせることを面白いと思った。副原料を用いれば、さらにその幅が広がる。知らないビールと出合う度にわくわくした。どんどんのめりこんで行く。クラスターに通い詰めるようになり、やがて未知との遭遇を求めて当時住まいがあった柏市から東京都内にまで足を運ぶようになった。
「どのようにして造られているのだろう」
「自分も造ってみたい」
強くそう思うようになるまでに時間は掛からなかった。幾つかのブルワリーの求人を見つけて応募すると、最も早くレスポンスをくれた「鎌倉ビール」に入社した。2015年のことだ。
澤田さんは働き始めて間もなく、次のような思いを持ったという。
「リリースしているラインナップを見て、もっとチャレンジの幅を広げたいと考えていました。日々出合ったことのないビールを探し求めていた頃でしたから、そのような気持ちが強かったのです。たとえば設備の都合で難しいと言われたビアスタイルでも、工夫すればやれるはず! と当初から取り組ませて貰っていました」
今にして思えば若さゆえ、無知ゆえの生意気な主張だったかも知れない。けれども突き進みたかった。自分はとことんビール造りを楽しみたくて、ここへやってきたのだ。
そうだ、ドイツへ行こう
鎌倉ビールの創業は1997年。当初から広報担当を務め、歴代の醸造スタッフとともに「鎌倉に根付き、地域発展に貢献できるビール造り」に注力してきた長田志保美さんは、「澤田の加入は鎌倉ビールにとってのひとつの転機でした」と振り返る。
「好奇心が旺盛でチャレンジ精神があり、勤勉家。成長スピードには目を見張るものがありました。彼の存在によって新しい風が吹き始めたのは間違いありません。ちなみに入社して1年も経たないうちに、『ドイツに行ってきたい』と言い出したスタッフは過去、澤田だけです(笑)」
2016年、冬――。
澤田さんはドイツに渡っている。
「弊社のフラッグシップで『月』というアルトビールがあるのですが、手掛けてみるととても難しく、教本にあった『ホップ、モルト、酵母のバランスが重要』との言葉も参考になりませんでした。そのバランスこそ知りたいのだと――。ならば本場で飲んでみるしかない、せっかくならドイツ全土の伝統的なビールを体感してこようと計画を立てました」
アルトが生まれ発展したデュッセルドルフを皮切りに、ケルン、アウグスブルグ、ミュンヘン、レーゲンスブルグ、バンベルグ、ライプツィヒ、ベルリン、国境を越えてチェコはプラハにも足を延ばした。およそ1週間の強行軍だったが、得たものは計り知れなかった。ブルワーとして自分は何を目指すのか、それが明確となる旅になったのだ。
飲む人を笑顔にできるビール造りを
「ミュンヘンで訪ねた『アウグスティナー醸造所』のビアホールは圧巻でした。広々とした空間でみんなが大きなジョッキでビールを飲んでいる。そして、みんなが笑顔。とても居心地が良かった。もちろんビールはおいしい。でもそれ以上にみんながビールを心から楽しむ空間に感動したのです」
安定したおいしさで飲む人を自然に笑顔にできる、人と人とをつなぐことができる、品のよい紳士的なビールを造りたい――。
何杯でも飲みたくなる、控えめな個性を探求していきたい――。
渡独以降、ますます伝統的なビール造りをリスペクトするようになったと澤田さん。「もちろんただ模倣するのではなく、深く理解した上で自分なりのアプローチを熟考します。新種の原料を取り入れてみたり、別の製法を組み込んでみたり。奇を衒う、流行を追うといったことはしません。なぜこのビールを手掛けたのか、背景のストーリーや遊び心まで面白がっていただけるよう、自分自身も楽しみながら精進していきたいと思っています」。
心掛けているのはスローブルーイング
鎌倉ビールは、事前に出荷先に理解を得、ビールを届けられる日を約束しない。
何よりも品質を優先させたいからだ。
「ビールは酵母が造るもの。働きやすい環境を整え、決して無理をさせないことが重要です。種類によって好む温度帯が違い、発揮できるポテンシャルやスピードも一様でありません。個性を見極め、最適な麦汁を準備し、生菌数や活性具合を確認しながら、最大限のパフォーマンスを引き出すのがブルワーの役目。ゆえに初めの酵母を使う時はいつもハラハラし、付きっ切りになり、健全に発酵してくれるとホッと肩をなでおろします」
予定より発酵が遅れていても、焦って早く仕上げない。あくまでも「スローブルーイング」に徹する。
納得できるまで味わいや品質を追求することが、本当の意味で期待や信頼に応えることだと信じている。
飲む人によっては、味わいに感動して人生が変わるかも知れない。澤田さんはブルワーの責任と喜びを、身を以て知っている。
一生、ブルワーであり続けたい
忘れられない受賞がある。
完全ブラインドテイスティングで審査が実施される「ブルワーズカップ2019」ピルスナー部門での1位。高度な醸造技術を要するラガービールが評価されたことも嬉しかったが、何より感激したのは、友人たちが涙を流して祝福してくれたことだった。
「ブルワーになる前にビアバーで意気投合した大切な友人たちで、私をずっと応援してくれていたのです」。
クラスターの秋谷さんも、「まさかあの青年が」とブルワーになったことだけでも驚いたのに、「1位になるだなんて」と自分のことのように喜んでくれたという。
ブルワーの道を選んだことで、たくさんの掛け替えのない出会いと経験を得られていることに、大きな喜びを感じていると澤田さん。「とはいえまだまだこれからです。取り組んでいきたいことが山のようにあります。毎日が楽しくて仕方がないです。だから私は、一生ブルワーを続けるに違いありません」