【ブルワー魂】ベクターブルーイング 木水朋也
VECTOR BREWING
ビール王国38号より転載
連載企画 ブルワー魂
文:並河真吾 写真:津久井耀平
どうやって造っているのだろうと
飲む人の心に残る香りや味わいを追求し
ビアシーンの盛り上げに貢献したいです
トライ&エラー、トライ&エラー
「ベクターブルーイング」のヘッドブルワー、木水朋也さんへの取材は、高校時代に興味を持ち、大学時代に専攻した生物学に関する話題から始まった。
「海のパイナップルと呼ばれ、珍味として知られるホヤの生態が研究の主なテーマでした。謎が多く、興味深い生物なのです。たとえば血球細胞中に希少金属の一種であるバナジウムを高濃度に濃縮しているのですが、それが何のためになのか、どうやってなされているのかが全く分かっていない。知的好奇心の赴くままに、教授の元で研究を続けていました」
仮説を立てては果敢に実験を繰り返す。
失敗の山は当たり前。
求められるのは情熱と粘り強さ。
在学中に生態の解明には至らなかったが、広島大学理学部生物学科で身に付けた研究者としての素地は、ブルワーとなった現在、ビール造りにも大いに活きている。
「最初から完璧なレシピはない」が持論。
毎仕込み、原料や醸造方法を少しずつ変えながら詳細にデータを取り、分析し、常に味わいや品質のアップデートに努めている。
「探求に終わりはない」と木水さん。
フラッグシップである小麦を使ったペールエール「ねこぱんち」をグラスに注いでくれた。ネーミングに「なるほど」と膝を打ちたくなる穏やかな苦味に魅了される。奥ゆきのある繊細な香りから、どれほどビール造りに真摯に取り組んでいるかが伝わってくる。ファンが増え続けている理由だ。
◉ 「苦味控えめのペールエール」より「ねこぱんちのようなビール」の方が興味が湧く。ネーミングセンスって重要だ。
こんなにも面白い仕事があるだろうか。
ホップを20種類使ってほしい――。
忘れられないクライアントからの要望。
木水さんの転機となった、「サンクトガーレン(日本のクラフトビアシーンを牽引し続けるブルワリー)」での修行時代の話だ。
確かにホップは理想とする苦味や香り付けのために複数使用するのが常だ。しかし20種類という多さは、聞いたことがなかった。
どうするのだろうと思っていたら、「やってみるか?」とオーナーの岩本伸久さんから声が掛かり、初めてレシピづくりから担当することになった。
「この経験でスイッチが入りました。お酒が好きで飛び込んだ業界でしたが、本気でブルワーとして生きていきたいと意識が変わったのです」
来る日も来る日もレシピを煮詰めた。ビターホップとアロマホップは何を選び、どのような配分でバランスさせるか、糖化温度は何度にするか等々、岩本さんの添削は厳しかったが考えるのが楽しく、どんどんのめりこんでいった。
ブルワーとして新たな一歩を
2014年、夏。木水さんは「パークハイアット 東京」にいた。開業20周年を迎えた(だから20種類のホップだったのだ!)「デリカテッセン」で初めて手掛けたビール「パークブリュワリーエール」の提供が開始され、居ても立っても居られなくなったのだ。
テーブルにつくと、周りの客の感想が気になってそわそわと落ち着かなかった「おいしい」という声がとてつもなく嬉しかった。
「結構濃くて、飲み応えがある」といった声には、飲みやすさを追求したつもりが、飲み手によって感じ方が違うのだと勉強になった。
こんなにも面白くてやりがいのある、わくわくする仕事が他にあるだろうか――。
以後、日に日に「もっといろいろなビールを造ってみたい」との思いが募った。作業一つひとつにおいて「自分ならどうするだろう」と熟考するようになった。
そして遂に、気持ちを抑えられなくなった。目を掛けてくれた尊敬する岩本さんにだからこそ、まっすぐ言った。
「自分のビールを追求したいです」
2016年、木水さんは新天地「ベクターブルーイング」に移ると、ヘッドブルワーとして新たな一歩を踏み出した。
発酵の匠の技で飲む人を魅了したい
どんなビールが造りたいのか? と尋ねたら、即答だった。
「麦芽、ホップ、酵母から生まれる多様な香り成分をコントロールして、何かのフルーツに例えられるようなビールを造りたい。そこが発酵の最大の面白さだと思っています」
たとえばメロンの香りを出したいと思ったら、それを構成している香り成分の詳細を調べ、同じ成分を持つホップを探し、どう仕込めばよいかを考え抜く。実際に醸造に取り掛かる前に長い時間を費やして準備するのが木水さんのスタイルだ。
目標にしているビールがある。
アメリカのクラフトビール文化のパイオニアといわれる「アンカー社(現サッポロビールのグループ企業)」の「リバティエール」だ。
「初めて飲んだ時の衝撃と言ったら……。爽やかな柑橘の香りに『こんなビールがあるのか!』と魅せられ、さらに原料に柑橘が使われていないことに驚かされました。僕もお客様をあっと言わせてみたいのです。どうやって造ったのだろうと(笑)」
ブルワリーのビジョン
2017年、ベクターブルーイングが浅草に新工場を立ち上げた際、木水さんはスタッフ同士で意見をぶつけ合った。
「自社レストラン用に新宿でビールを造っていた時とは異なり、醸造量を増やし、ボトル販売も開始して市場に打って出るため、明確なビジョンの共有が必要だったのです」
自分たちは「マニアを唸らせる」というよりも、「クラフトビールの魅力にまだ気づいていない人を振り向かせる」役割を担いたい。ボトルに貼るラベルひとつとっても、それぞれに譲れない考えがあった。「ブルワリーのロゴは入れるべき」「無名のブルワリーのロゴを入れても意味がない。それよりは興味を持って貰えるイラストを全面に押し出すべき」「ロゴを入れないと名前を憶えて貰えない」「手に取り、飲んで貰うことが先決だ」
帰宅途中も議論が白熱し、降車駅に気づかず、JR山手線を一周してしまったこともあった。皆熱く、真剣だった。
クラフトビールをもっと身近なものに
2019年には国内最大級のビールコンテスト「ジャパン・グレートビア・アワーズ」で、出品した4銘柄すべてが入賞という快挙を成し遂げた(ねこぱんち、ベクターペールエール、グラン・クリュは金賞、グラマラスIPA は銀賞)。
いよいよモチベーションが上がり、探究に拍車がかかった。それと比例するように新宿・浅草工場だけでの醸造量では供給が追い付かない状況になってきた。
ベクターブルーイングには夢がある。
日本中の飲食店に当たり前にクラフトビールがある――、そんな時代を築いていく、その一端を担いたい。
2023年3月。木水さんは多忙を極めていた。埼玉県寄居町での新工場立ち上げが山場を迎えていた。「稼働すれば、2回の仕込みで現状の約1ヵ月分の醸造量を賄えることになります。味わいや品質の維持、販路の拡大など、全スタッフ一丸となって取り組んでいきたいと思っています」
ベクターブルーイング旋風が巻き起こる予感。活躍を追い続けたい。