【ブルワー魂】Brewlab.108 加藤克明

ビール王国43号より転載
連載企画 ブルワー魂
文:並河真吾 写真:津久井耀平

これまで誰も出合ったことのない
新たなビールテイストを生み出し
山形の魅力を世界に発信していきたい

加藤さんがいつも大切にしているのは、人と人のつながり、そして感謝。素晴らしい出会いがあったからこそ今の自分があると語る。「日本酒販売店『La Jomon』の熊谷太郎さんのお力添えがあったから、『天童ブルワリー』さんや『月山ビール』さんでの修行が叶い、ブルワーに転身できました。紅花染めの伝道師である大山るり子先生や紅花栽培組合の方たちとご縁をいただけたから、紅花を使ったビール造りのヒントを得られ、原料の生産に自ら携わることの大切さに気づくことができました。皆さんには感謝しかありません」

種蒔きからはじめるビール造り

 どんな場面でも前向きな、挑戦の人――。
 これは「Brewlab.108(トウハチ)」のオーナーブルワー、加藤克明さんを誰よりも間近で見守り、支え、長年苦楽を共にしてきた奥様、佐織さんの加藤さんに対する人物評だ。「尊敬しています。毎日大忙しですが、一緒に働いていて楽しいですし、頼りにして貰えていることも嬉しいです。ただ、時々SNSにアップした写真について苦情を言われることもあります」。 苦情を?「もっとかっこいい、男前に映っている写真があるはずだと(笑)」
 顔を見合わせ笑っている。仲がよいのだ。とても明るい、朗らかなブルワリーであることが伝わってくる。「さあ、行きましょう」と加藤さんが車を出してくれた。畑に案内してくれるという。
 2024年5月、山形県天童市――。
 畑はブルワリーから車で10分ほどの場所にあった。景色が素晴らしい。遠くに名峰「月山」を臨むことができる。
「年に一度、『#001 MOGAMI BENIBANA』というピルスナーを仕込んでいまして、その副原料となる紅花をここで栽培しています」
 紅花は山形県の県花。それを活用したクラフトビール造りによって、山形県をアピールしていきたいとの思いがある。「SNSで手伝ってくださる方を募りながら、種蒔きや雑草取り、若菜摘み、収穫などを行っているのですが、原料の生産に携わることの大切さにも気づかせて貰いました。ビールへの愛情がいっそう深まるのです」
 去年は残念ながら不作だった。今年はどうだろうと加藤さんが畑を見渡す。足繁く通い、紅花の成長ぶりに一喜一憂していると、原料を提供してくれている全ての生産者への感謝の気持ちにつながっていくという。そして、関わってくれる人たちを笑顔にできるブルワリーでありたいといつも思うのだ。

プラントエンジニアからの転身

 世界を股に掛けるような、大きな仕事をしたい――。加藤さんの10代の頃の夢だ。
 大学時代は化学工学を専攻した。
 どんな職業に就くかと考えた時、プラントエンジニアなら学んだことを活かせ、活躍できるのではないかと、進むべき道を決めた。「町工場を営む父の背中を見て育ったため、モノづくりに興味がありました。男のロマンと言いますか(笑)、海外に出て行きたいという気持ちもありました」
 加藤さんは真っ直ぐに夢に突き進んだ。
 キャリアアップのために転職を繰り返しながら、30年近く世界各地の化学プラントの立ち上げや運営に携わった。
 ではなぜ今、クラフトビールを手掛けているのか。理由は、サウジアラビアでの仕事と異文化の中での生活にあった。

「Brewl ab.108」は、複合施設「将棋むら天童タワー(山形県天童市)」の一角にある。副原料に山形県産の農作物や特産品を用い、世の中になかった新しいビールテイストづくりを目指している
プラントエンジニアとしてサウジアラビアに赴任し、石油化学コンビナートの立ち上げに取り組んでいた頃の加藤さん
2020 年、ドライフルーツのデーツを使用した「#008 Date」が「ジャパン・グレート・ビア・アワーズ」で銀賞を、山形県産の米麹を使った「#006Koji」が「インターナショナル・ビア・カップ」で金賞・カテゴリーチャンピオンを受賞した際の加藤さん夫妻

2年の禁酒生活、そして

 世界最大級の石油化学コンビナートを立ち上げる――。大規模なプロジェクトのメンバーに選ばれた加藤さんは、シンガポールで打診を受けた。韓国に拠点を移し、世界中から集められたエンジニアと綿密にプランを詰めた後、赴任したのがサウジアラビアだった。
 加藤さんは燃えていた。自分の知識や経験を総動員した。無事に任務を完了した時の達成感は、何物にも代えがたいものだった。
 一方で、過酷だったと振り返る。「サウジアラビアはイスラム教の戒律を最も遵守する国。約2年間、禁酒生活を余儀なくされたのです。私は元々大のお酒好き。これは本当にキツいものでした。いつしか仕事の時以外は酒のことばかり考えている時間が増え、気が付けば酒の造り方をインターネットで学ぶようになっており、それはやがて『自ら造ってみたい』との強い想いに変わっていきました」

ビールに感じたワクワク感

 大仕事を終えた時、加藤さんの中に、「プラントエンジニアとしての仕事はやり切った」という思いが生まれていたという。と同時に、新たなことに挑戦したい、ブルワーになりたいとの意欲が湧いていた。「クラフトビールの魅力を知ったのは、シンガポールで働いていた時です。世界各国の銘柄を扱っている店が多く、多種多様な味わいに触れられたのです。自由でクリエイティブで、ワクワクさせられました。また“クラフト”という響きにも惹かれました。自分の知らないモノづくりの世界があると想像すると、興味をかき立てられずにはいられませんでした」

クラフトの面白さを追求したい

「Brewlab.108」の立ち上げは2020年。
 加藤さんが達成した快挙に、驚かされたビアファンは多かったに違いない。醸造開始からわずか1年足らずで、「ジャパン・グレート・ビア・アワーズ」にて銀賞を、「インターナショナル・ビア・カップ」にて金賞とカテゴリーチャンピオンを受賞したのだ。
「本当に嬉しかったです。たくさんの方々に助けて貰って何とか開業まで漕ぎ着けましたから。ほんの少し恩返しができたかなと」
 そう言いながら、ブルワリー内を案内してくれた。仕込み窯に触れ、「これは世界にひとつしかありません」と教えてくれる。学生時代、「いつか一緒に工場をつくりたいね」と夢を語りあった、現在は設備工事会社を経営している友人に協力して貰い、設計から施工まで全て自分たちで行ったとのこと。
「工場の天井が低く高さを稼げないため、窯の直径を広げて容量を確保したり、麦汁の撹拌機能やろ過機能を使いやすいよう調整したり、いろいろな試行錯誤を施しています」
 造り方においても、データを取りながら、自分なりのやり方を追求している。「例えば熟成はセオリーよりかなり長い時間を掛けます。その方が味わいに深みが出るのです。もちろん全部の銘柄に当てはまるわけではないですが。設備でも造り方でもブルワーの数だけ様々な工夫や方法論があっていい。それがクラフトの面白さだと思っています」 

加藤さんが設備工事会社を経営している友人とつくり上げた醸造設備。一度に400ℓのビールを仕込むことができる
人気銘柄「#008 Date」の副原料「デーツ」。「自分に縁のあるサウジアラビアで日常的に食べられており、また世界広しといえど副原料にしているブルワリーは稀に違いないと考え、使用を決めました」と加藤さん
「Yamagata Fruit Weizen」に使用している山形県産のリンゴ。ちなみにこのヴァイツェンは、山形を代表する果物、さくらんぼ、ラ・フランス、リンゴをローテーションで副原料に使っているとのこと

ビール造りには人知を超えた世界がある

 ビール造りで、加藤さんが最も心を奪われていること。それは、「自分の想像を超える酵母の働き」だ。「化学工学の分野では、計算を尽くして導き出した答えに、決して差異があってはなりません。しかしクラフトビールは違います。酵母が私の想像を超えて、どのような味わいを生み出してくれるのか、それを楽しみにできる領域がある。日々、つきっ切りになって変化を見逃さず、手を掛けるところは手を掛けて、委ねるところは委ねる。品質管理を徹底して、リリースのタイミングを見極める。酵母と一緒にビール造りをしている感覚が、とても楽しいのです」
 山形県産のリンゴやマスカット、米麹や味噌を使ったビールをテイスティングさせて貰った。いずれもおいしさの中に確かな独自性を感じる。副原料の活かし方が絶妙なのだ。魅力的な深い味わいにうっとりした。

日本、そして山形ならではの味わいを

「今までにない新たなビールテイストを生み出したい」との思いが常にあるという。そして、様々な農作物や特産品がある山形でなら、それが可能だと信じている。
「またその取り組みを通して、地元の生産者さんを知っていただく機会を生み、地域活性化につなげていけるのも、クラフトビールの大きな魅力だと思っています。開発力と技術力に磨きを掛け、世界に山形をアピールできるブルワリーになっていきたいです」
 第2工場を含めたブルーパブの設立、全国・海外展開といった目標もあるという。加藤さん夫妻の活躍を追い続けたい。

「Brewlab.108」の代表銘柄。右から、加藤さんのブルワー転身に尽力してくれた日本酒販売店「L a Jomon」の熊谷さんの協力の元、米麹を使用して造った小麦ビール「#006 Koji」、ペールエールをベースにデーツのコクとカルダモンのスパイシーな香りをバランスさせ、エキゾチックな味わいに仕上げている「#008 Date」、紅花由来の美しい黄色と完熟梅のほのかな香りを堪能できるピルスナー「#001MOG AM I B E N I BA N A」
右から、ラ・フランスの上品でフルーティーな香りが印象的な「#074 La
France」、山形市の珈琲屋「ろば珈琲」とコラボしコーヒー豆の風味を活かした
「#068 Coffee」、山形市の「山二醤油醸造」とコラボし味噌の風味を活かした
「#30 Miso」、シャインマスカットの芳醇な味わいを堪能できる「#21 Shine
Muscat」、リンゴの甘味が魅力的な「#005 Apple」。いずれもホップの効かせ
方を控えめにし、副原料のキャラクターを大切にして造られている
紅花畑を案内してくださった加藤さん夫妻。今後は「JapanOrigin」を意識した
和テイストのビール造りにも力を入れていきたいとのこと