【ブルワー魂】ホップジャパン 武石翔平

ビール王国44号から転載
文:並河真吾 写真:津久井耀平

フレッシュホップビールを追求して地域の活性化に貢献し、
たくさんの笑顔を生み出したい

子どもの頃から生物や化学が好きで、将来の夢は研究者だったという武石さん。ビール造りが楽しくてしかたがなく、心からやりがいを感じているとのこと

今日一日を、どう過ごすか

 午前零時――。
「ホップジャパン」の醸造責任者、武石翔平さんがひとり、ビールの仕込みを始める時間。
 標高約630メートルの、自然豊かな阿武隈高原の中央に位置する、静寂に包まれたブルワリーに明かりが灯る。
 どうすれば一日を、限られた時間を有効に使えるか――。導き出した答えが、深夜から仕込みを始めることだった。
「朝から始めると、仕込みが終わる頃には夜になってしまいます。一日が仕事だけで終
わってしまうのが嫌なのです」
 仕込みを昼頃までに終えられれば、自分の時間を確保できる。ビールの研究や情報収集に時間を充てられる。会いたい人に会いに行ける。好きな店に顔を出し、気になるビールをテイスティングできる。
 要は、有意義な一日を積み重ねた先に、ブルワーとしての成長があると考えている。
「時間帯的に、誰かがコンタクトしてくることもないので、ビールと対話しながらの作業に集中できるのも大きなメリットです」

2020 年に「ホップジャパン」が開設した「ホップガーデンブルワリー」。コンセプトは「人」「もの」「こと」をつなぎ、人々を笑顔にすること。地元でホップを栽培してビールを造り、イベントなどを通して人や物を呼び込むといった、地域経済の循環を生み出すことを目標にしている

フレッシュホップに魅せられて

 フレッシュホップ(生ホップ)を使って、本当においしいビールを造る――。
 それが現在の、最大の目標だという。
「ブルワーの間では、収穫後乾燥させて粉砕し、ペレット状に圧縮加工した、長期間保存できるホップを使用するのが主流です。高品質なものが手に入りますし、私も以前はペレットホップを使っていました。考えが変わったのには、きっかけがありました」
 クラフトビール文化が根付いており、世界中のビアファンが一度は訪ねてみたい都市として名前を挙げる、アメリカはオレゴン州のポートランドに飲み歩きに出かけた時のこと。
「偶然隣町のフッド・リバーでフレッシュホップフェストが開催されていたのです。当然参加している全てのブルワリーが、フレッシュホップを使用したビールを提供していました。そして、どれを飲んでも感動的なおいしさだったのです。あれほどビールに『新鮮さ』と『瑞々しさ』を感じたことはありませんでした。一生忘れられない衝撃を受けました」
 日本でも、あの味わいを再現したい――。
 心からそう思った。
「だからこそ、ホップジャパンに籍を置きたいと考えたのです」

ビール造りで地域活性化に貢献を

 2024年、夏――。明日から収穫だという、ブルワリーの近くにあるホップ畑に武石さんが案内してくれた。道中の車の中で教えてくれた。
「ホップジャパンは、社長の本間誠が東日本大震災の被災地だった福島の復興と地域の活性化に貢献したいと創業しました。原発事故の影響でほぼ休眠状態となっていた田村市の公共施設『グリーンパーク都路』を改修し、ホップの栽培から手掛ける『ホップガーデンブルワリー』を開設したのは2020年のことです。私はその立ち上げの時期にホップジャパンに就職しました。本間の考えに共感し、また、フレッシュホップビールを極めたいとの思いがあったからです。さあ、到着しましたよ」
 目の前に、高さ数メートルの見事なグリーンカーテンが現れた。
 早速畑に入らせて貰い、つぶさにホップを観察する。
「いい感じに育っています」。武石さんが嬉しそうに手に取ったホップをひとつ割り、中を見せてくれた。
「ルプリンというこの黄色い粒が苦味や香りをもたらしてくれるのですが、今年はとても量が多いです。これはいいビールができますよ。仕込みが楽しみです」

武石さんが案内してくれた、ホップ畑。農家さんの協力のおかげで、毎年収量が増えているとのこと
収穫したばかりのフレッシュホップ、この後鮮度を保ったまま1年中使用できるよう真空パックする

好きなことをとことん追求したい

「Abukuma GREEN」をテイスティングさせて貰った。
 ホップは地元田村市産100%。アロマホップはブレンドせず1品種のみを使うシングルホップ仕込み、そして毎回その品種を変えていくという実験的、かつ挑戦的なフレッシュホップIPAとのこと。ちなみに、この日使用されていたのはアメリカンホップの代表品種「カスケード」だった。
 グラスに注いだ瞬間から溢れ出るように立ち上ってきた香りに驚いた。そしてひと口飲んで理解した。武石さんは、この新鮮さと瑞々しさを追求し続けているのだと。
「まだまだアメリカで出合った味わいには遠く及びません。ただ、手応えはあります。研究を続け、あの味わいを超える、さらにはホップジャパンならではの個性を持つ、フレッシュホップビールを生み出したいと考えています」
 一冊のノートを見せてくれた。
 醸造に関する学術書や論文、専門サイトなどで学んだことや、自らが現場で得た知見が丁寧に記されている。
「レシピを作成する際には、ありとあらゆる方法で、原料や造り方について調べ尽くします。そして自分にとって最適だと思える手法を導き出していきます。せっかく役に立つ情報を先人が残してくれているのに、それを役立てない手はないと考えています。ノートに手書きでまとめるのは、それが私にとって一番頭に入ってくる方法だから。ビール造りという好きな仕事を、とことん追求していきたいと思っています」

醸造に関する研究内容をまとめたノート。武石さんの化学的アプローチを支えるアイテムのひとつ
醸造責任者の武石さん(右)と後輩の村主渉さん。同じ理系同士、話が合うと笑う

何事も自分から動くべし

 大学時代は農学部で生物有機化学を専攻していたという。「トマトを題材にした研究を行っていました。例えばトマトが虫に食われた時に起こす防御反応の仕組みを調べることで、有効な農薬づくりや栽培方法、品種改良につなげていくという――。ビール造りも化学的なアプローチが大切なので、研究のノウハウが今とても役立っていると実感しています」
 卒業後は学んだことを活かして、薬品づくりのための研究職を仕事に選んだ。
「職場がつくば市という科学者や研究者の多い街だったことが、私を刺激しました。クリエイティブなモノづくりに力を入れている人も多く、私自身も当時夢中になり始めていたクラフトビールで自分を表現してみたいと思い立ったのです」
 一念発起してブルワーを志し、キャリアを積んで、今は、「ホップジャパン」で明確な目標に向かって突き進んでいる。
「何事もやってみること。自分から動くべし」とは、いつも武石さんが自分自身に言い聞かせている、そして体現していることだ。

学び続けるブルワー

 どれだけよい原料を使い、どれだけよい造り方をしても、洗浄が疎かになっていたら、全てが台無しになる。だから、仕込みが終わるごとに、バラせる設備は全てバラして洗浄を徹底している。
 大学時代、微生物学を専攻していた入社1年目の村主渉さんの言葉が印象的だった。
「面接の時に、武石さんに、ブルワーの仕事は9割が洗浄という地味な作業だけど、それでもできますか? と聞かれました。学生時代に試験管などの道具が汚れていたら正確なデータは得られないと、重要性を学んでいたため、武石さんに付いていけば、間違いない
と雇用をお願いしました」
 同じ理系の後輩ができたことも、励みになっていると笑う。教える側になって、改め
て学び続けること、基本に立ち返ることの大切さを噛みしめていると武石さん。
「いよいよ明日からホップの収穫が始まります。精一杯おいしいビールを仕込みますので、楽しみにしていてください」

ぴかぴかの仕込みタンク。薬剤による洗浄だけでなく、体を必ずタンクの中に入れて、目と指先で確認しながら磨き抜いている
雑味のないきれいなビールに仕上げられるよう、こまめな確認を怠らない
作業に集中する武石さん。テキパキとした身のこなしが印象的
「陰陽五行のように、いつでもどんな時でも受け入れて貰えるようなビール造りを目指しています」と武石さん。左から小麦由来の柔らかな口当たりとフルーティな香りが特徴の「Hopjapan W hite」、苦味を控えめでホップのフレーバーが魅力の「Hopjapan I PA」
左から爽快な苦味に魅せられる「A bukuma Black」、田村市産ホップだけを使用した香り豊かな「A bukuma G R E E N」、ホッピーな味わいと滑らかな口当たりが人気の「A bukuma Gold」