テイスティングについて
~後編~

ビール王国27号より転載

文:田上大祐
田上大祐(たのうえ だいすけ)
日本人として初めてビアソムリエワールドチャンピオンシップに出場。ワイン、チーズなどにも造詣が深い。

前編はこちら

Tasting 2
香りをとる

ビールには、さまざまな香りが潜んでいる。フルーツのような甘い香り、花のような華やか香り、そして時には香草のスパイシーな香りも鼻腔を抜ける。ビールの醸す多種多様な香りの世界を、ぜひ探訪していただきたい。

 ビールから立ち上がる香りはアロマという。ビールの香りと言われても、ビールからはビール独特の香りがするだけだと感じるかも知れない。だが何度も丁寧にテイスティングを繰り返すと、ビールの香りは実はいろんな香りの集合体であることに気づくに違いない。ではどのような香りの集合体なのか?答えは簡単だ。ビールの香りはビールに使われている材料に由来する香りから成り立っている。 
 まずひとつめは麦芽。麦芽と言われてもピンとこないかも知れないが、難しく考える必要はない。麦芽は大麦を発芽させたもので元をたどれば穀物だ。だから当然穀物が原料になっている食べ物に似た香りがする。例えばパン。ピルスナーからはパンのような穀物の香りをとることができるだろう。パンはパンでも、焼きたてのパンだったり、パンの耳に近い香りだったり、少し焦げたパンだったり、はたまたドイツパンのようにちょっと酸っぱい香りだったり様々だ。パンの香りに気づいたら、どんなパンなのか深追いしてみよう。他にもクラッカーやビスケットなど穀物を使った食べ物の香りを感じることもある。麦芽由来の香りは他に焙煎、いわゆる焦げに由来する香りも感じられる。そう、黒ビールの香りだ。この香りは同じく焙煎しているコーヒーやチョコレートで表現できるはずだ。黒ビールの香りの中にコーヒーやチョコレートを探してみよう。
 2つめはホップ。ホップは育った国や種類によってさまざまな香りを放つ。ホップ由来の香りとしては、青くさければハーブ、爽やかであれば柑橘類が見つかるに違いない。特にエールやIPA からは爽やかな柑橘類のグレープフルーツの香りやオレンジの香りが見つかりやすい。また流行りのHAZYIPA(NE IPA)からはトロピカルな南国感たっぷりの香り、たとえばパイナップルやマンゴーの香りが見つかりやすい。注意したいのはエール系のビールは冷蔵庫から出してすぐは香りが感じられにくい点だ。エール系ビールで香りを感じにくいときは少し温度が高くなるのを待ってもう一度香りを感じてみよう。また日本産ホップのソラチエースはヒノキの香りがすると言われている。ソラチエースを使ったビールを見つけたら、ぜひヒノキの香りを探して欲しい。
 3つめは酵母だ。ビールは大きく上面発酵と下面発酵とに分けられ、発酵にはそれぞれエール酵母とラガー酵母が用いられる。ふたつの内で酵母由来のアロマが感じられやすいのは、エール酵母を用いて醸造されたビールである。
 さらに細かく分類される酵母の種類によって造られるアロマは様々に異なるが、酵母由来の香り、いわゆるエステル香の中で代表的なものにカプロン酸エチルと酢酸イソアミルがある。前者はリンゴのような、また後者はバナナのようなフルーティーなアロマが特徴的だ。余談になるが、これらの香りは日本酒にもあり、吟醸香として知られている。同じ醸造酒であるビールと日本酒の意外な共通点とも言えよう。
 ドイツの白ビールのヴァイツェンではエステル香の中でも特にバナナのようなアロマが特徴的だ。今度、ヴァイツェンを飲むときにはぜひバナナの香りを探してみて欲しい。
 4つめは副原料。例えばベルジャンホワイトのように副原料として使用されるオレンジピールやコリアンダーシードの香りにその特徴があるビアスタイルも少なくない。ベルジャンホワイトのアロマの中に爽やかな柑橘系のアロマを探し当てることができたなら、それはおそらくオレンジピール由来であり、少し青くさいハーブのようなアロマはコリアンダーシード由来──といった具合だ。副原料はラベルに明記されているため一度目を通して確認してみるといいだろう。
 またフルーツビールには、用いられている副原料フルーツのアロマをちゃんと感じられるはずだ。当たり前と思うかも知れないが、これもテイスティングによって見つけたアロマに相違ないのだ。

ビールの香りは主にホップと酵母が醸し出す。特に、近年のホップの開発や改良は目覚ましく、さまざまな香りをまとったビールが登場している

Tasting 3
味わう

香り(アロマ)と並び、ビールの味わいに大きく影響するのがフレーバーである。「風味」と訳されることも多いが、まさに味と混然一体になっている香りのことである。欧米では料理においてもそのものよりも、このフレーバーが重要視されている。

 ビールを飲んだ時に感じる味わいや香りのことをアロマとは区別してフレーバーと呼ぶ。つまりアロマはビールに鼻を近づけて感じられる香りのことを、フレーバーはビールを飲んだ時に感じる味わいや鼻を抜ける香りのことを指す。この2つの単語はぜひ区別して使ってもらいたい。
 フレーバーでもアロマで述べた4つの要素由来のものを感じることができるが、それらを五味と呼ばれる基本味に当てはめて甘味、酸味、塩味、苦味、うま味で表現する。
 例えば麦芽由来の味わいの中でも麦芽に含まれる糖を少し焦がしたカラメルモルト由来の味わいは甘く感じられるだろうし、しっかりと焙煎して焦がしたチョコレートモルト由来の味わいは、苦みや酸味を感じられるだろう。
 またビールに特徴的な苦みは、ホップに由来するところが大きい。例えば柑橘類のフルーティーな苦みはグレープフルーツのような苦みと表現できる。ゴーゼはそのビアスタイルに特徴的な塩味を感じることができるだろうし、うま味を感じさせるビールもいくつかのブルワリーからすでに発売されている。この他の味覚として緑茶のような渋味が感じられるビールもある。穀物由来の食べ物やフルーツに例えてフレーバーを表現してみよう。
 基本的にアロマとして感じられた香りに準じた味わいがフレーバーとして感じられることが多いと前述した。しかし、同じビールでもアロマにあってフレーバーにない要素や逆にフレーバーにあってアロマにない要素が存在する場合もある。このような違いを探り当てることもテイスティングの醍醐味のひとつである。

Tasting 4
喉ごし

「ビールのおいしさは?」と問われた時、「喉ごし」と答える読者諸賢も少なくないはずだ。世界中のビールメーカーが、この「喉ごし」を映像化しCM にしていることからも、その良し悪しがビールにとって重要かがお分かりいただけると思う。

 ビールを飲んだ瞬間に喉の奥で感じる触覚、それが喉ごしだ。喉ごしの良し悪しを文章で説明するのは少々難解であるが、あえて説明するとすれば喉の奥に次々と流れ込むビールの感覚とビールが喉を流れきった際に感じられる炭酸の刺激に由来する爽快感だと私は認識している。
 これらの要素はビールそのものの味わいの他に、ビールの温度や飲むスピード、炭酸の強弱によって影響されるため、個々を取り上げて判断することは難しい。しかし「ゴクゴク」や「プハァー」が思う存分楽しめたのであれば、それは喉ごしが良いと表現しても間違いではないだろう。
 テイスティングを外観、アロマ、フレーバー、喉ごしに分けて説明してきたが、これら全てを一度に感じる必要はなく、即座に表現する必要もない。
 いままでグラスに注ぎ、無意識のうちに口に運んでいたそのビールと飲む前に少しだけ向き合う時間をつく作ってあげて、外観を見て、アロマを確認してから口に運ぶ。まずはそれからで十分だ。
 このビールは麦わら色。このビールはちょっと茶色。このビールからは甘いキャラメルのような香りがするけどこれは麦芽由来かなとか、グレープフルーツのような香りが見つかった! といった具合に、自ずと口をつくはずだ。
 また、苦みがとても強いな、逆に全然苦くないななど、いままで無意識に飲んで無意識に感じていた感覚をぜひひとつふたつの言葉にして表現してみてもらいたい。そうすることであなたの究極のビールに少しずつ近づいているのだ。

ワインのテイスティングでは口に含んだだけでスピッティングボウルに吐き出すが、ビールの場合は「喉ごし」が重要なファクターのため、飲み込む人も少なくない