【ブルワー魂】 南信州ビール 竹平考輝
MINAMI SHINSHU BEER
「ビール王国27号」から一部抜粋して転載
文:並河真吾 写真:津久井耀平
あらゆる方法を探りながら、新たな挑戦を果敢に続け、関わる全ての人を幸せにしたい
閃いたら、実行あるのみ
2020年、春――。
そのアイデアは、朝の目覚めと共にふと頭に浮かんだのだという。
南信州ビールの醸造責任者であり常務取締役の竹平考輝さんは飛び起きると、駒ケ岳醸造所へと急いだ。無論、一刻も早くスタッフにアイデアを伝え、実行に移すためである。「皆内心、また始まったと思っていたかも知れません。実際によくあることなので(笑)」
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、不要不急の外出自粛が連日呼びかけられているなか、何か自分たちにできることはないかと考え続けていた。
「駒ヶ岳醸造所がある伊那谷と呼ばれるエリアは桜の名所が多い観光地なのですが、残念ながら今年は足を運んでいただくことができません。ならばこちらから咲き誇る桜の映像と南信州ビールをお届けして、ご自宅でお花見をしていただけないかと考えたのです」
スタッフとの打合せを済ませると、今度は観光協会へと走った。協力を仰ぐと共に、ドローンでの撮影許可を得るためだった。
ビールに同封されたURLにアクセスすると、伊那谷の桜の映像を鑑賞できるという「お花見セット」は大きな反響を呼んだ。観光を楽しみにしていた人たちだけでなく、長く帰省できずにいる地元出身者からも「涙が出た」と声が届いた。竹平さんは心から幸せな気持ちになった。「ビールを通じて誰かのお役に立つことが、私たちの何よりの喜びなのです」
エンジニアから畑違いのビール業界へ
元々は学生時代からの夢だった「エンジニア」として活躍していた。カメラのストロボに充電を行う「電解コンデンサ」を製造していたと竹平さん。好きな仕事ではあったが、辞めたのには理由があったという。
「時代の流れもあって、リエンジニアリング(業務の抜本的な見直しによる効率化・自動化・省人化・コスト削減など)を推し進める必要があり、そのプロジェクトチームに配属されたのですが……」
頑張れば頑張るほど人の仕事がなくなり、自分たちの居場所がなくなっていくというパラドックスに、モチベーションを保つのが難しくなっていた。「それで結局会社を辞めてしまうのですが、ちょうどその頃、『南信州ビール』の直営レストラン『あじわい工房』の料理長を務めていた弟から『経理や雑務を手伝ってほしい』とコンタクトがあったのです」
全く自分には経験のなかった畑違いの業界だっただけに、興味が湧いたと笑う。
戸惑い、悩み続ける日々
1996年――。創業してまだ数ヵ月という「南信州ビール」の直営レストランで働き始めた竹平さんが、ほどなく駒ケ岳醸造所に職場を移すきっかけになったのは、ビール樽を洗浄する設備の故障だった。
元エンジニアの技術を活かして応急処置を行ったところ、「そのような技術があるなら、ぜひビール造りの方で力を発揮してほしい」と経営陣から依頼されたのである。
パソコンを導入しプログラムを組むことで事務作業の負荷を軽減したり、醸造の工程管理をしっかり行うことで一日に一度がやっとだった仕込みを残業無しで二度行えるようにしたり、竹平さんは早速活躍し始める。
とはいえ、ビール造りが楽しくなるのは、まだしばらく後のことだった。「ずっと戸惑いがありました」と当時を振り返る。
「工業系の世界に長くいた私にとって、いい製品づくりとは改良点を見つけてはバージョンアップを重ねていくことであり、そこには必ず『こうなればオーケー』という正解がありました。ところが」
信じた道を邁進するしかない
同じ感覚でビール造りに取り組み、味わいを追究しようと改良を加えると、「前の方がおいしかった」という声が必ず出てくる。何度トライしても、どの方向に味を持って行っても結果は同じ。「途方に暮れて、悩み続ける日々でした。はたして正解はあるのかと……」
心に光が射したように、自分の中に答えが出たのは、ある日突然のことだった。
「ビールは嗜好品であり、いろいろな感想の声があって然るべきなのだと。そういう考えに至ったのです。正解を持っているのは自分自身。だから一切妥協せず、『自分がよいと信じるビールづくり』を真摯な姿勢で貫かねばならない。そう心に決めた時、『さあ、やるぞ』と気合が入ったのを覚えています」
ただひたすら諦めず
「南信州ビール」らしいビールを造りたい。その思いは、「地ビールとは何か」を考え、追究する作業に他ならなかった。
「最初は地元で栽培されている大麦に注目しました。これを製麦(モルト化)して使えないかと」。製麦専門会社に相談したところ、「引き受けられるロットに麦の量が満たないため厳しい」との答え。「ならば自分で」と昔ながらのフロアモルティング(水分を含ませた大麦を床に広げ、シャベルなどを使い人力で攪拌し製麦する方法)に着手した。しかし、「発芽前に腐ったり、発芽してもカビが生えたり。何とかうまくいかないかと一人研究を続けましたが、断念せざるを得ませんでした」
「ならば」と次に考えたのが、地元で盛んに栽培されているフルーツの活用だった。ただそれを実現するには「発泡酒免許の取得」が必要だった。会社と熱心に掛け合うも「経営的にこれ以上の投資は難しい」との答え。またも断念を?と唇を噛みしめ、諦め切れずにいたところで耳にしたのが、「長野県による地域資源活性化に伴う助成金」の情報だった。
遂に突破口が見つかったのである。2008年のことだった。
南信州ならではのビール文化を築きたい
今やフラッグシップとなっている「アップルホップ」の魅力は、使用するリンゴの品種によって味わいがガラリと変わることだ。
「限りなくシードルに近いビール(シードルなのだけれどモルト由来のコクとボディがある)」がコンセプト。
「紅玉は好きだけど、ふじは苦手というお客様もいれば、ふじが一番好きというお客様もいらっしゃいます。去年よりも今年の王林の方がいいとワインのように比較して楽しむお客様も増えてきました。アップルホップを通じてたくさんの人にリンゴに興味を持っていただき、農家さんにも喜んで貰って、最終的には地域の活性化につながっていく。これが私たちの望んでいることです」
南信州ならではのビール文化を築き、関わる全ての人を幸せにしたい――。
その目標を達成するために、現在もありとあらゆる方法を探り続けている。時には冒頭の「お花見セット」のように、「ビール造り以外にできること」にまで視野を広げて。
「こんなこともありました」と最後に竹平さんが1本のボトルを手渡してくれた。
2010年代、マルス信州醸造所にてウイスキー造りにも深く携わっていたことから、再び製麦専門会社と話をする機会に恵まれた。そして何と、「時を経て小ロットでも製麦が可能になったこと」を知ったのである。つまり、地元の大麦を使ったビール造りにも着手できるようになったのだ。「『宝剣岳エール』と名付けました。懸命に取り組んでいると、道はいつか開けるものなのですね」
今後は、地元産の農作物の使用だけに留まらない、さらなる魅力づくりに力を入れていくと意欲を見せる。期待は高まるばかりだ。
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