【ブルワー魂】オラホビール 山越 卓
OH!LA!HO BEER

「ビール王国31号」から一部抜粋して転載
文:並河真吾 写真:津久井耀平

クルー全員一丸となってビール造りを楽しめていることに心から幸せを感じています

まっ直ぐにビールと向き合うブルワー

 クラフトビールに感謝しています――。

「オラホビール」醸造責任者 山越卓さんの言葉が、ずっと心に残っている。彼がビール造りと誠実に向き合い続ける理由だ。実は1年ほど前、取材協力を依頼したところ、叶わなかった。 自ら丁寧な電話をくださった。「工場を増床し、新しい醸造設備を導入したばかりで、品質や味わいを安定させるのにつきっきりになっており、時間をつくれそうにないのです……。本当に申し訳ないです」 

電話越しでも伝わってくる真摯な姿勢と謙虚な人柄。お話を伺ってみたいとの気持ちはいっそう強くなった。そしてようやく機会に恵まれた。2021年、初夏、長野県東御市――。 歓迎してくれた山越さんは想像通り、柔らかな物腰の中にも真っ直ぐな気骨を感じさせる職人気質な人物だった。

ブルワーになって17 年目。クラフトビールと出会えたことで、これ以上ないほど充実した毎日を過ごしていると、笑顔を見せる。

豊かな風土に育まれて

オラホビールは、小高い丘の上にある。眼下には東御市と上田市の街並みを、遠くには八ヶ岳、蓼科山、美ヶ原高原、北アルプスの山々を見渡せる。

 豊かな自然、きれいな空気に心が洗われる。「のどかなところでしょう。私の地元です。あの辺りで生まれ育ちました」山越さんがブルワリーから見える景色を指さしながら教えてくれる。「持って生まれたものが、風土にも育まれたのでしょう。彼には一緒にいるだけで人を和ませる、どこかのんびりとしたおおらかな魅力があります」。そう語ってくれたのは山越さんにビール造りのいろはを教えた前工場長の小林亮二さんだ。

「まじめで、責任感があって、人にやさしい。出会った頃から変わりません」オラホビールの味わいはきれいだ。試飲させて貰ったフラッグシップ「ゴールデンエール」と「アンバーエール」のすっきりとしていながらもコクを感じるおいしさはどうだ。穏やかで深みがあって、飲む者を魅了する。 そのはずだ。クラフトビールは、造り手の人間性がすべて表れる。

憧れた「ものづくりの世界」

 元々は全く畑違いの業界で働いていた。ビールがこれほど多彩で奥深いものだとは全く知らなかったという。数々のビールコンテストでコンスタントに受賞を重ねる実力派ブルワーのルーツに少々驚いた。「前職は農業協同組合に勤め、主に金融機関に関わる仕事を担当していました」 やるからには責任を全うしようと前向きに業務にあたった。しかしどうしても、数字を追う毎日にやりがいを見出せなかった。「いつしか、自分の手で何か形のあるものを生み出したいと、ものづくりの世界に憧れるようになっていました」 そんな時だった。オラホビールが醸造スタッフを募集していると耳にしたのは。飛び込んでみよう――。まるで知らない業界だったが、決断に迷いはなかった。 2004年、30歳からの挑戦だった。__

無我夢中の日々、そして――

 知識ゼロからのスタート。ものづくりに携われることは嬉しかったし、楽しかったが、想像以上の重労働には気が遠くなる思いだったと当時を振り返る。「機械に任せられる工程はほとんどなく、すべてが手作業。身に付けねばならない知識も無限にある。今の自分だったら体力的に厳しかったかも知れません」

 学べば学ぶほど、ビール造りの難しさを痛感した。イメージ通りの味わいになかなか仕上がらない。細かな作業、例えばホップの投入や回収のタイミング、糖化や発酵や熟成温度の微妙な調整、タンクからタンクへ麦汁を移動させる際のバルブの開閉の仕方等にまで意識を傾け、試行錯誤を繰り返した。それでも思い通りにいかず煮詰まることたびたび。

 会社の状況もメンタルに影響した。地ビールブームが去り、年々出荷量が激減していく。さらには、小林さんが社内異動で一時現場を離れることに。「入社3年目くらいが一番精神的にきつかったです。この先、どうなるのだろうと。その頃です。営業として戸塚が入社してきてくれたのは。刺激的な日々のはじまりでした」

クラフトビールを手掛けられる幸せ

「ビールをとことん楽しもうよ」戸塚正城さん(現工場長)はアグレッシブだった。様々なビールイベントに山越さんを誘い、ビアファンの輝く表情や盛り上がる声に直接触れることを勧めた。「こんな副原料を使ってみてはどう?」「新しい醸造技術を採り入れてみない?」「今こんなビアスタイルが流行ってるよ」「え、山越さんも音楽が好きなの? じゃああのアーティストのあの曲に似合うビールを一緒に考えてみようよ」。戸塚さんから次々に飛び出す自由で遊び心溢れる提案が、山越さんの世界をどんどん広げていく。イベントをきっかけに、たくさんのブルワーと知り合え、技術的なアドバイスを受けられるようになったのもありがたかった。ファンからの「おいしい」との声や笑顔にも本当に励まされた。

気が付けば、クラフトビールを手掛けられる喜びが、日に日に大きくなっていた。

もっと真剣に、もっと貪欲に

 2010年には、広島にある酒類総合研究所に研修留学した。醸造について一から専門的に学ぶためだった。驚いたことがあった。木内酒造の醸造責任者谷幸治さんの姿があったことだ。「当時既に業界を牽引する日本の代表的なブルワーだった谷さんが誰よりも真剣に学んでいらっしゃいました。最終日、ようやく皆が少し気をゆるめ、打ち上げがてら飲もうという話になった際も、学んだことの振り返りをしたいからせっかくだけど、と辞退されて……」忘れられない光景だった。ブルワーとしての気構えが、根本的に違う――。「のんびり屋の自分には、とてもそこまではできそうにありません」と口では言うが、目の色が変わったのは間違いない。以前にも増して品質や味わいの追究に真剣になった。

今でも本当に嬉しかったと振り返る賞がある。厳しい国際基準によってビールが化学的・客観的に分析・評価される「ジャパンビアグランプリ2017(全国地ビール醸造者協議会主催)」で獲得した最優秀賞だ(受賞ビールはアンバーエール)。日々の研鑽が実を結んだ自信につながる受賞だった。

10年一緒に働く醸造スタッフ 滝澤俊幸さんの言葉を思い出す。「物静かで多くを語りませんが、とてつもなく熱い人です」

最良の一杯を一人でも多くのお客様に

2020年の工場リニューアルは、生産能力の向上はもとより、熱処理機導入によって「賞味期限の延長や常温流通」を可能にすることが目的だった。「苦労はありましたが、実現できたことで全国のお客様に私たちのビールをおいしく楽しんでいただけるようになりました」と山越さん。さらに今夏は、家庭用本格サーバーによる会員制ビール配送サービス「DREAMBEER」にも、フラッグシップの「ゴールデンエール」と「アンバーエール」を提供する。コロナ禍による逆風にも、クルーたち(連帯感を大切にするオラホビールでは互いを「同じ船の乗組員」としてクルーと呼ぶ)は、意気盛んだという。

 オラホビールが、これからどんな大躍進を見せてくれるのか楽しみでならない。

 新たな航海は始まったばかりだ

DREAMBEERで飲めるのオラホビールはこちら

https://dreambeer.jp/ec/beer/detail/121