【ブルワー魂】ブリマー・ブルーイング スコット・ブリマー
BRIMMER BREWING


「ビール王国12号」から一部抜粋して転載
文:並河真吾 写真:柴田博司

ビールを愛し、家族を想い、ファンを虜にするブルワー
「たくさんの人を笑顔にしたいのです」

ビールを造ることが楽しくて仕方がない
ビールを造っていると幸せを感じるのだと言う。ビールが好きで堪らないのだと笑う。こんなブルワーの手掛けるビールだからこそ、飲む者の心を掴んで離さないのだ。そう納得させられる魅力がブリマー・ブルーイングの醸造責任者、スコット・ブリマーさんにはある。奥様の佳子さんが言う。「ビール造りのことになると決して骨惜しみをしません。どれだけ作業が長時間に及び難航しても真摯な姿勢を崩さないところは、とても尊敬しています」。スコットさんが隣でうんうんと頷く。「ビール造りを離れると案外ぐうたらな面もあるのですが」。冗談に笑いが起こる。明るいアットホームな雰囲気もまた、彼らが愛される素敵な要素になっている。
スコットさんと佳子さんが2011年に夫婦で立ち上げたブリマー・ブルーイングは、川崎市高津区久地にある。小規模経営ながらビールのクオリティの高さが評判を呼び、地元川崎を中心に順調にファンを増やし続けている。創業は二人の夢だったのですか?と尋ねると、佳子さんは意外にも首を横に振った。「最初は反対でした。ブルワリーを立ち上げるだなんて土台無理だと。それがいつの間にかその気にさせられて……。彼は昔から信じているのです。強い想いがあれば、できないことなど何もないのだと」

求めよ、さらば与えられん
スコットさんが、ブルワーの道を志したのは、一杯のビールにノックアウトされたことがきっかけだった。
アメリカで最もビール造りの盛んなカリフォルニア州で生まれ育ち、土地柄おいしい銘柄には数多く出合っていた。しかし、世界を席巻するクラフトビール醸造の草分け、シエラネバダ・ブルーイングのペールエールは次元が違った。口にした途端、雷に打たれたような驚きと感動に包まれたのだった。「ワォッ……。こんなにも素晴らしいビールが地元で造られていたなんて。自分もそこで働きたい。ビールを手掛けてみたい」
働き手の募集があった訳ではなかったが、熱い気持ちに突き動かされるまま、さっそくアルバイトを希望する手紙を書いた。
「返事を待ってはまた書いて……3度は送りました。どうか自分を雇って欲しいと」
結局なしのつぶてではあったものの、彼の熱意は周囲の誰もが知るところとなった。そして幸運が訪れる。シエラネバダが経営するブルワリー併設のレストランに欠員が出た際、知り合いが真っ先に教えてくれ、口を利いてくれたのである。まさに「求めよ、さらば与えられん」であった。

皿洗いからチャンスを掴みブルワーへ
1998年から2001年の4年間、カリフォルニア州立大学で哲学を学ぶ傍ら、憧れのレストランで働くという多忙な日々をスコットさんは過ごした。皿洗いやテーブルの片付けなど仕事はキツかったがやりがいがあった。やがて真面目な仕事ぶりを認められバーテンダーに昇進すると、ますますビールの世界にのめり込んで行った。佳子さんとはそんな学生時代に出会った。彼女が国際関係論を学ぶため同じ大学に留学してきたのだ。
物腰の柔らかな好青年。スコットさんに出会った人の多くは彼をそのような目で見るが、佳子さんは少し違った印象を持ったと振り返る。「物事に対して独自の視点を持っていて、自分の価値観を信じており、易々とは周りから影響を受けない人。そんな印象がありました。気骨みたいなものを感じたのです。今にして思うと、よい職人としての資質を当時から持っていました」
スコットさんは大学卒業後、世界屈指の醸造学校カリフォルニア大学デービス校の講座を受講している。シエラネバダが一介の若者を信用し、バックアップしたのだった。
2002年、ブルワーとして正式に採用されると、先輩ブルワーたちからその後一生の財産となる醸造の手ほどきを受けた。スコットさんは思った。「これほど濃密で幸福な時間が他にあるだろうか」

目標と安定と家族とビールの狭間で
日本にクラフトビールの素晴らしさを伝えること。できるだけ佳子さんの家族の近くに住むこと。その二つを目的に日本に拠点を移したのは2006年のことだ。スコットさんは「御殿場高原ビール」に就職し、大好きなビール造りに励んだ。親切で働き者の仲間たちに恵まれ、日本の文化や習慣、ビール事情などについても多くを学んだ。
日々は充実していた。しかし……。スコットさんはどこかで行き詰まりを感じ始めていた。「この生活は本当に自分が望むベストの形だろうか?」
「ノースカロライナ州に2つ目のブルワリーを建設予定。アメリカに戻ればスコットさんを迎え入れたい」。古巣のシエラネバダからそんな打診があったことにも少なからず影響を受けていた。元々人一倍の向上心とチャレンジ精神の持ち主。次の目標を求めている自分と、好きなビール造りで妻子を養えている今の安定に何の不足があるのかと問いかけくる自分がいた。優先させるべきは……。

強い想いは必ず成就する
あれほど辛そうにしている夫を見たのは後にも先にもあの頃だけだと佳子さんは言う。悩んだ末にスコットさんは佳子さんに相談を持ち掛けた。「自分たちのブルワリーを立ち上げたい」と。
どれほどの時間を費やし、何度二人は話し合ったことだろう。家族にとって優先すべきこと、育てて行かねばならない子どものこと、失敗した際のリスクのこと、経営や設備調達に掛かる資金のこと。会社を設立するための膨大な手続きのこと……。佳子さんには、考えれば考えるほど無謀な挑戦としか思えなかった。
「はじめのうちは絶対無理の一点張りでした。有り得ない話だと。それが長く彼と話をしているうち、いつの間にかどうすれば実現できるかという話に、私も積極的に加わるようになっていました。彼の情熱に動かされたのです」。佳子さんは夫と同じ夢を見ることを決めた。

目指すのはインターナショナルスタイル
妻と同じ目標を持つ喜びに完全に元気を取り戻し、ブルワリー設立が叶ったスコットさんは、次なる仕事に取り掛かっていた。あのシエラネバダでキャリアを積んだ彼が、どのようなビールを造るのか、業界が注目している。自分たちの指針を示す必要があった。
「シエラネバダと瓜二つのビールを期待する人もいました。でもそれではブリマー・ブルーイングを立ち上げた意味がない。僕がアメリカ出身だからエクストリームな味わいを目指すのではないかと想像した人もいましたが、それも的外れ。僕は何ものにも捉われず、僕が飲みたいバランスのよいビールを突き詰めたいと思っていました」。例えばアメリカン一辺倒、ジャーマニー一辺倒ではなく、偏りのないビアスタイルを幅広く手掛ける、時には良いところ取りをして融合させるインターナショナルなブルワリーでありたいのだとスコットさん。
2016年。ブリマー・ブルーイングは工場拡張の検討に入っていた。川崎にしっかりと根付き、誇りに思って貰えるブルワリーづくりに今後さらに力を入れて行きたい、そんな気持ちの表れだった。何より、「大好きなビールをもっともっと仕込みたいのです。今からワクワクして仕方がありません」。スコットさんから満面の笑みがこぼれた。

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https://dreambeer.jp/ec/beer/detail/156