ビールとまちづくり第4回 和歌山県和歌山市 和歌山ブルワリー編

ビール王国39号から転載
文・写真 野田幾子/写真提供 和歌山ブルワリー

“地ビール解禁” から30年が経とうとしている。各地域のブルワリーが目指すのは、美味しいビールを造ること「だけ」ではない。ビール造りを通して地域に根ざし、貢献し、地域の人たちとともに未来を創ろうとしているのだ。そんなブルワリーを中心とした事業者の姿をレポートする。

人材育成から観光まで地域を巻き込むビール造り

「和歌山ブルワリー」は、2016年に和歌山市内で初めてできたビール醸造所だ。株式会社吉田の代表、吉田友之さんが醸造責任者を務める。
 同ブルワリーのメインブランドは、原材料をすべて和歌山産でそろえることを目指し、「オール和歌山」をコンセプトとした「AGARA CRAFT」。「AGARACRAFT インディア ペールエール」「同ペールエール」「同 ヴァイツェン」の3種類を定番とする。また、規格外や傷のある地元産ミカンを使った「ミカンのペールエール」のほか、山椒、桃、ミックスベリー、シャインマスカットなど、副原料を使ったものも数多い。
 どのビールでも一番大切にしているのは、「料理との調和」。たとえば、マカオのホテルにある和食レストランの総料理長から「和食に合わせるビールがないので造ってもらいたい」との依頼によって誕生したのが「AGARA CRAFT ゆずエール」だ。
 この、ホワイトエールをベースに柚子の香りを生かしたビールは、試作品をマカオの現地に送って総料理長に何度も味見をしてもらった。そのたびに苦味が強すぎる、香りが弱すぎるなどのフィードバックをもらい、双方納得行くまで再醸造を繰り返している。
 こうして、どのビアスタイルでも「ビールだけの個性が際立ちすぎない」バランスの追求が“和歌山ブルワリーらしさ”につながっていった。

和歌山ブルワリー加太工場
「AGARA CRAFT」定番ラインアップ。左から「インディア ペールエール」、「ペールエール」、「ヴァイツェン」

醸造所に行きたくなるのがビールファン

 吉田さんは老舗酒販店の三代目。もとは日本酒をメインで扱う居酒屋「紀州応援酒場 三代目」を立ち上げ経営していたが、ビール醸造に足を踏み入れたきっかけは「和歌山のビールが飲みたい」というお客様の声に応えたいと考えたからだった。
「ビール醸造を始める前、お客様から『和歌山のビールでお勧めはどれですか』と聞かれた際には紀南で造られているビールを勧めていました。特に県外からいらっしゃるビールファンは、『このビールの醸造所を見学したい』とおっしゃるのですが、和歌山市内から車で数時間かかってしまう。
 こうなるとツーリストが気軽に行ける距離ではありません。なんとか市内でできたてのビールを飲んでもらえないかと思いました」(吉田さん)。
 そのために紀州応援酒場 三代目にブルーハウスと150ℓの発酵タンクを2基導入、「和歌山麦酒醸造所 三代目」として居酒屋からブルーパブへとリニューアルオープンした。2016年3月に種類等製造免許(発泡酒)を取得し、6月からオリジナルビールの提供を開始している。同年11月には、店舗を現在の場所である和歌山城の北東エリア、十一番丁へ移転。その際にはブルーパブ内だけでなく、外販を見据えて醸造規模を増やしている。

和歌山市の中心地にあるブルーパブ「和歌山麦酒醸造所 三代目」。150ℓおよび600ℓの仕込釜と、150ℓの発酵タンク3 基、300ℓが2 基、600ℓを4 基備える
株式会社吉田の代表および和歌山ブルワリーの醸造責任者、吉田友之さん

地域の人たちと一緒に和歌山を盛り上げたい

 居酒屋の店名を「紀州“応援”酒場」と名付けたことからも読み取れるように、吉田さんにはかねてより地域の生産者を応援したい、地域の人たちと盛り上げていきたい気持ちが強い。それは、自社ブランド名に和歌山弁で「私たちの」という意味を持つ「あがら(AGARA)」を付けたことにも現れている。
 ユニークなのは、ブランド名の選考にあたって和歌山大学観光学部の学生に依頼し、県民より公募した中から選んだことだ。驚いたことに、ネーミング決定プロセスにおいて和歌山ブルワリー側は一切口を挟まなかった。「地域に愛されるビールにしたかったんです。公募された方々にとっては、自分の考えた案が選ばれてもそうでなくても、携わったブランドやビールに愛着が湧くでしょう」と吉田さんは振り返る。和歌山ブルワリーがビールを通じて表現する「地域を応援したい」意気込みと、地域が誇るビールの名前を考えたい人々との気持ちが一致した取り組みだと言えるだろう。
「世界に名だたるブランドとは自分たちが声高に叫んだから名前が浸透したわけでなく、ユーザーが良さを認めて長年使い続けてくれたからこそ。結局僕たちができるのは、質の高いビール造りに邁進することだけです」。

南海電鉄紀ノ川駅から加太駅を結ぶ「南海電鉄 加太線(加太さかな線)」では、4種類の観光列車「めでたいでんしゃ」が運行している
加太地区は淡路島や四国へ渡る航路の発着路になっていた港町。加太工場の前は加太海水浴場で、工場の周りは昭和の風情を残す木造家屋が密集している

「ビールに携わる人」も大切な地域資源

 和歌山を応援したい、元気にしたいという吉田さんの情熱は、人材育成にも向けられている。地域の資源としては農作物が注目されがちだが、吉田さんはそれ以上に「ビールづくりに携わる人そのものも、地域の大切な資源」と考えているためだ。
 そのため和歌山ブルワリーでは、自社での人材育成はもちろん、将来ブルワリーの立ち上げやビアバーなどのビールビジネスに携わりたい人のために、同社のノウハウを伝授するビール醸造関連人材の育成プログラムを提供している。
 また、2022年には和歌山高専で酵母研究の学科に所属する学生が参加した醸造プロジェクトも遂行した。高専と1年間のインターンシップを結び、ビール醸造の工程やビジネス展開方法なども学習できる内容だ。
 このプロジェクトは最終的に、日高川町鐘巻にある道成寺の入相桜(いりあいざくら)から採取した酵母を使った「AGARACRAFT ミックスベリーエール」「同 レモンエール」、那智勝浦町のクマノザクラ酵母を使った「同 三代目VER.」として製品化・販売も行った。
 学生たちにとっての「発酵」は、原則的に試験管やビーカーという狭い世界での体験にとどまり、現在の学びが将来社会でどう役に立つのかが想像しにくい。実際の醸造に参加できれば、最終的にはビールという商品となり飲む人の反応も自分の目で確かめられる。これらの経験を学生のうちに積むことが、彼らの将来にいい影響が与えられると吉田さんは考えた。
 学生たちは、マッシュ中の糖組成変化表を作った上で煮沸時間短縮の提案をしてくれたり、発酵中は一日も欠かさずブルワリーに寄って発酵度を確認したりと、想像以上に熱心に取り組んでくれたという。「和歌山に縁があって全国から来てくれた学生や人々が、ビールを通じて和歌山に来て・居てよかったと思ってくれればうれしい」と吉田さんは微笑んだ。

加太地域を楽しみ尽くす醸造体験ツーリズム構想

 和歌山ブルワリーは、2022年より「地域(和歌山市)・ビール・観光」を結びつけるための新しいチャレンジを開始した。その第一歩が、第二工場である「加太工場」の設立だ。
 和歌山麦酒醸造所があるのは和歌山城や和歌山市役所、和歌山城ホールから徒歩5分ほどという和歌山市の中心地だが、加太工場は同じ和歌山市内でも海沿いだ。南海加太線の和歌山駅から加太駅まで25分、そこから10分ほど歩いた場所にある。ブルーパブを経営する中でクラフトビールがツーリストの目的になり得ること、さらにはビール醸造所そのものが観光資源になることを確信した上での、地域活性を目的とした決断だった。
 第二工場場所の選定にあたり加太が決め手になった要素のひとつが、和歌山市の中心街から公共交通機関を利用できることだった。車でブルワリーに行く際には、どうしてもハンドルキーパーが求められる。
「南海電鉄さんは、加太の名物である『鯛』と観光名所『淡嶋神社』の縁結びをイメージした観光列車『めでたいでんしゃ』を走らせています。『ノスタルジックな街並みを歩いた先にある海、そしてできたてのビールが飲めるブルワリー』というポテンシャルをわかってほしくて、南海電鉄さんにも構想を共有させてもらいました」。
 加太駅から加太工場まで、昭和の漁村の面影を残した街並みに目を奪われながら歩を進めると、左手に海が見えてくる。そして加太工場の目の前は海水浴場だ。水平線の彼方に真っ赤な夕日が落ちていく様子も美しい。加太工場の正面には、海水浴を楽しんだ人が水着のまま入店できるタップルームもオープンした。
 吉田さんは現在、和歌山大学大学院観光学研究科の院生として和歌山観光の研究に勤しむ顔も持つ。加太の地域をより盛り上げるために吉田さんが持つ構想のひとつが、加太工場でのビール醸造体験プランだ。
「加太近辺のホテルや温泉旅館、鮮魚を中心とした料理が自慢の宿などと連携し、お客様には加太に前泊してもらって翌日朝から醸造体験してもらうのです。ツーリストのお客様が醸造体験したビールが約1ヶ月後に届いたら、旅の思い出と共にビールを楽しんでもらえるでしょう。インバウンドを対象に、フライト・電車・宿泊・醸造体験をパッケージにできれば、関西空港からのアクセスも望めます」。
 地域の人々が誇る農産物、ロケーション、愛着を持つブランドが揃う和歌山ブルワリー。そこで造られるビールは、「和歌山での体験」を通じて触れることで、ますます輝きを放つ存在になるに違いない。

海の方向に向かって開放されているタップルーム
加太工場の醸造設備は、2000ℓの仕込釜と同量の発酵タンクが5 基、ブライトタンク1 基
ブルーハウスの位置から醸造作業中に海を眺めるのが楽しい、と吉田さん
缶の充填機も備え、缶商品の展開も視野に入れている

同じ和歌山の「ノムクラフトブルーイング」は「和歌山麦酒醸造所」から車で約40分。「ボイジャーブルーイング」は1時間強、「なぎさビール」は約1時間20分ほど